ディテールを殺した写真

2018.02.15

PEN-F 作例:象の写真

OLYMPUS PEN-F / M.ZUIKO 40-150mm F4.0-5.6R

次から付へと高性能なカメラやレンズが発売されて、各メーカーの関係者が毎日よく働いていることがわかる。強力な手ぶれ補正、速度を増すフォーカス、重すぎるほどの高解像度。搭載されたテクノロジーがあっという間にそれまでの課題を解決してくれるので、古いカメラを使うことほど馬鹿らしいことはない。近年、スマホの解像度も半端ない。スマホか小さい画面のパソコンで見るのが写真の最終型なら、高級な一眼レフカメラで撮った写真とスマホで撮った写真を、一瞬のうちに判別することは難しい。プロでもそれは同じ。センスのある画処理を伴う場合はなおさらで「やっぱり一眼レフカメラで撮った写真は違うねぇ」という思い込みは、もう不要の世の中なのだ。

高精細、高解像度はまだまだ品質の証であり続けると思われる。その影響もあってか「いい写真=現実の再現性」と勘違いしているアマチュアカメラマンが多い。目で見たものをよりリアルに再現する目的で撮る写真ほど、つまらないものはない。インスタが爆発的に流行ったのはアプリでの画像編集が1つの要因で、色調やコントラストを調整されたものが魅力的だったことが見逃せない。オールド調、あるいはハイキーに加工された写真。それらに多くの人が「いいね」と言ったわけだ。プロが仕事で撮った写真もアマチュアが趣味で撮った写真も、いい写真だなと思えるものほとんどは、撮った写真に対してraw現像の際に上手な調整がされている。画像処理、画像編集、いじってる。言い方は様々だが要は手を加えているということだ。

PEN-F 作例:鳥

OLYMPUS PEN-F / M.ZUIKO 40-150mm F4.0-5.6R

少し暗く写っている背景をさらに暗くして、黒バックにしてしまうというのも画像処理で表現できる。屋外で撮っているのにスタジオで撮ったような写真になり、被写体がより印象的になる効果がある。肉眼で見るのとは違う、写真ならではの世界がそこに表現されることになる。

PEN-F 作例:植物

OLYMPUS OM-D E-M10 Mark II / M.ZUIKO 25mm F1.8

コントラストを上げたり、思い切って露出を上げたり、そういった撮り方や画像処理で本来ならばそこにあるディテールを殺していく。それによって新たな魅力が生まれ何かしらストーリーを感じてしまうのは、狭められた情報の中で見る側の想像力を刺激されるからだと思う。

細部を感じられないほどに黒くつぶれた影。失われたディテール。「ある」ことが素晴らしいとされる世の中に生きていて、「ない」ことに何とも言えない魅力を感じてしまうのはなぜだろう?ネガティブ要素を持った写真が、大切な何かを教えてくれる。

PEN-F 作例:歩く人

OLYMPUS PEN-F / M.ZUIKO 25mm F1.8