終わりのない旅

2018.11.09

ライカMマウント Voigtlander NOKTON Classic 40mm F1.4の作例01

α7R2 / Voigtlander NOKTON Classic 40mm F1.4

ゴールが見えないレースは辛い。走っても走ってもゴールまでの距離がイメージできないと、必要以上の疲労感、徒労感、脱力感にノックアウトされることになる。さらに、何のために、誰のためにといった行動のベースとなる部分が欠如していると、日々の無力感から、あたしって何のために生きてるの?と心の中心をライフルで撃ち抜かれるような核心的な疑問にぶち当たる。何のために?という疑問がある時点で「何のためでもない」というのがその答えだろう。目的を持って生まれた行動には、そんな疑問は必要ないからだ。

大好きな50mmという画角をどのレンズで?という選択が長いこと頭を悩ませていた。これはいいけど、ちょっとルックスが…。これもいいけど、ちょっと重さが…。ちょっとボケが…。ちょっと値段が…。そんな調子で日々悩む。そんな中、M-Rokkor 28mmが思いのほか自分に合っていることを知り(参照:M-Rokkor 28mmの逆襲)気に入ってしまった28mmと合わせてレンズ2本を持ち歩くことを前提に、もう1本を考えてみようという気になった。2つのレンズを持ち歩くことを考えると、M-Rokkor 28mmと同じライカMマウントがベター。そこで既に気に入っているフォクトレンダーのクラシックシリーズから40mmをチョイスした。本当は同じシリーズで50mmがあればそれに越したことはないのだが、商品がないので仕方がない。もちろんコシナではなく本家ライカにはSummilux-M 50mm F1.4というレンズがある。しかし値段が高すぎて手が出ない。40mmという微妙な画角はどうなの?という疑念はあったが、28mmと合わせて持ち歩くこととF1.4というF値を考えると悪くないかもしれない、と。そして有り難いことに、とってもリーズナブル。

ライカMマウント Voigtlander NOKTON Classic 40mm F1.4の作例02

α7R2 / Voigtlander NOKTON Classic 40mm F1.4

Voigtlander NOKTON Classic 40mm F1.4で写真を撮る。コンパクトながら、なかなか頼りになる奴だ。絞りを変えることで情緒的な表現からストイックでキリっとした表現まで、その幅が楽しめるこのクラシックシリーズは僕に合っている。M-Rokkor 28mmといいコンビになりそうだ。これでしばらくは、レンズ探しの呪縛から開放されることだろう。

ライカMマウント Voigtlander NOKTON Classic 40mm F1.4の作例03

α7R2 / Voigtlander NOKTON Classic 40mm F1.4

ライカMマウント Voigtlander NOKTON Classic 40mm F1.4の作例04

α7R2 / Voigtlander NOKTON Classic 40mm F1.4

ライカMマウント Voigtlander NOKTON Classic 40mm F1.4の作例05

α7R2 / Voigtlander NOKTON Classic 40mm F1.4

義弟の新しい家に遊びに行ったときに、妻の母が「趣味をつくると夜眠れなくなる」という話をしていた。つまり、うまくいかないことのダメージだ。趣味でも仕事でも上達する喜びと同時に「できない」ことのストレスやジレンマがある。ゴルフなら一緒にラウンドするメンバーや後から続く人たちに迷惑をかけてしまう。そういったことが気になって夜眠れなくなるというわけだ。依存とか、中毒とか、そういうことは仕事でもあることだが、ゴールが見えにくい点でプライベートな趣味で起こりやすい現象だと言える。「レンズ沼」などと呼ばれる写真好きの中毒も同じで、アレもいいね、コレもいいね、と楽しく機材を探していたのが、いつの間にか悩み過ぎて苦痛に変わり、それでもやめられず疲弊していく。いい大人なのにネットゲームのやり過ぎで借金まで抱えてしまう人もいる。

ライカMマウント MINOLTA M-ROKKOR 28mm F2.8の作例01

SONY α7R2 / MINOLTA M-Rokkor 28mm F2.8

ライカMマウント MINOLTA M-ROKKOR 28mm F2.8の作例02

SONY α7R2 / MINOLTA M-Rokkor 28mm F2.8

物事を成し得るためには、きちんとゴールを設定しましょう。一般的なセオリーだ。遠いゴールと近いゴール。ビジネスでもよく推奨されることだ。きっとそれは間違いではない。しかし、すべてのゴールを他者との比較で成立するものにしてしまうのは、結果として楽しさから遠ざかってしまう気がする。例えば「釣りを楽しみたい」という理由で海に出かけた場合、釣れる魚の数やサイズを最終的なゴールにしてはいけない。釣れたものは結局他者との比較に依存することになるし、万が一釣れなかったときに楽しくない。釣れるかどうか、というのは楽しい要素の一部であってすべてではない。道具を揃える時間、海へ向かう高揚感、心地よい潮風と太陽の暖かさ。釣れる魚の数よりも、経過のディテールを存分に味わうことができれば、「釣りを楽しみたい」という欲望は必ず満たされるはずだ。

ライカMマウント MINOLTA M-ROKKOR 28mm F2.8の作例03

SONY α7R2 / MINOLTA M-Rokkor 28mm F2.8

何かに夢中になることは素晴らしいことで、できれは長く楽しんでいたい。魅力のあるものと長く上手に付き合っていくためには、どこかで自分に制限を設けることも必要だ。その気になれば、どこまでも行ける。そういうのは素敵だがキリがない。人生が旅ならば、いつの日か死というゴールがやってくる。40年後かもしれないし明日かもしれない。死が近づいて心ときめく人は誰もいない。死というゴールあるいは結果を、もっとも重要視して生きていたら旅の途中を楽しめないからだ。

マニュアルフォーカスのレンズは、写真を撮るという行為を楽しくしてくれる。瞬時にピントが合うオートフォーカスは便利だが、テクノロジーごときが人の楽しさを横取りするなんて実にけしからん。

ライカMマウント MINOLTA M-ROKKOR 28mm F2.8の作例04

SONY α7R2 / MINOLTA M-Rokkor 28mm F2.8