劣化することは悪いことだろうか?

2018.02.07

PEN-F 作例:古い橋01

OLYMPUS PEN-F / M.ZUIKO 25mm F1.8

週末にカメラを持って出かける。自転車に乗ってふらふらっと外に出て被写体を探すその様は、まさにカメラおたくのおじさんといったところ。福山雅治がカメラを持って出かければ「うわぁ〜、やっぱりカッコイイ…」ということになるが、不細工な中年男が同じことをすると単なる「カメラおたく」になってしまう。実に差別的、かつ悲劇的なことだが、仕方のないことである。

戦後からアメリカが使っている米軍陸軍の施設「横浜ノース・ドック」の入口付近に、いまは使われていない古い鉄道橋を見つけて何枚かシャッターを切る。鉄の錆と老朽化した姿、過去の異物という哀愁感が何とも言えずいい。こういった古いものの佇まいに「いいねぇ」となってしまうと「カメラおたく」にマニアックが加わり「マニアックなカメラおたく」となって更に気持ち悪い。しかし何と言われようと、古いものや汚いものの中から素敵な要素を汲み取れないようでは、いつまで経ってもオムツを履かないと外に出られないお子様なのだ、と「マニアックなカメラおたくの中年男」は言いたいのである。

PEN-F 作例:古い橋02

OLYMPUS PEN-F / M.ZUIKO 25mm F1.8

PEN-F 作例:古い橋03

OLYMPUS PEN-F / M.ZUIKO 25mm F1.8

M.ZUIKO 25mm F1.8は何度撮っても期待に応えてくれる。3万円も出せば買えるこの素晴らしいレンズは35mm換算50mmで、50mmレンズの愛好家は多いと聞く。広くは撮れない、迫っては撮れないという画角のいわゆる「標準」レンズだが、像が歪むことはなく、自然体で大切な何かを切り取れる焦点距離だと思う。M.ZUIKO 25mm F1.8は価格を遥かに超えて描写が美しい。137gという軽さもマイクロフォーサーズならでは。

PEN-F 作例:古い橋04

OLYMPUS PEN-F / M.ZUIKO 25mm F1.8

PEN-F 作例:古い線路

OLYMPUS PEN-F / M.ZUIKO 25mm F1.8

古く歴史のある建造物が現存するヨーロッパでは、生まれながらに「古いものに価値がある」という感覚があるのかもしれないが、我々日本人は「新発売」とか「目新しい」とか、新しいものに価値を感じてしまう。使う立場ではなく、撮る立場に立つと、古いものは味があってとてもよろしい。老人の皺だらけの顔が絵になるのは、見る人が勝手にストーリーを描いてしまうからかもしれない。劣化することが、そんなにデメリットばかりだろうか?と最近思う。人でも物でも退化していくことには大きな意味がある。

錆びた金属なんて汚れるし触りたくはないけれど、見ている分には情緒がある。僕もいつかそんな年寄りになりたい。